セミリタイアの可能性を広げる方法~住宅コストの問題~

 

存命中だった頃、所長のインド洋派遣に際しての見送りに来た祖父母

 

所長が18歳で家を出て旅の生活を続ける理由

※旅の生活・・・富山県の方言で県外の人を指したり、県外に出ていった人のことを指します。

所長の家族は昔は7人家族で、構成は祖父母、父母、男3兄弟でした。

祖父(大正1桁生まれ)女姉妹の中に一人だけ男の子として3番目に生まれる

祖母(大正2桁生まれ)3姉妹の次女として生まれ小学生の時に母を失くす

父(昭和19年生まれ)男4人女一人の4番目(3男として誕生、祖父(現所長の家に婿養子としてくる)

母(昭和24年生まれ)祖父の子 4姉妹の3女として生まれる。

兄(昭和48年生まれ)独身、実家住まい

兄(昭和50年生まれ)既婚一男一女をもうけ、所長とは違う県で旅の暮らしをしています。

所長(昭和54年生まれ)既婚子なし 

上記のような構成で我が家は住んでおりましたが、元はそんなに裕福ではなく、そのため祖父と父母は共働きで働き、家庭の全て、子育ては祖母が担当しておりました。

やがて祖父は定年退職し、家にいるようになると、婿養子の父を子供たちの前で罵るようにになりました。『父母は子供たちの面倒を何一つ見ない!!!全部わしらがやってる!!!』というようにです

 

次兄の進学、就職が近づき、ご飯時に誰が将来、実家を貰えるのかな~みたいな冗談を言い合っていると、自分が長男である祖父はこう言い放ちました。『昔は次男、三男は要らんものやったんや!!!』とです。だから家は長男が面倒を見るのは当たり前だというのです...

でも昔は正直納得していましたし、家を離れれて自由、親の面倒を見なくてラッキーなんて思ったりしていました。

そんな祖父は、長男の進路の時には短大進学、就職時も家から通えばいいと言い、母もお金がもったいないからと実家から通えばいいというのに、次兄には富山で進学しろ、富山で就職しろとも積極的には言いませんでした。

そしてそれは所長の就職に際しても同様でした。母は自衛隊に入ることは少し反対しましたが、祖父は自衛隊に入ることは特に反対などもしませんでした。県外に出ること自体はどちらも反対しませんでした。

 

そうです。我が祖父は、長男が大事とされた明治以降の大日本帝国憲法下において、生まれ、女姉妹だらけの中に生まれた唯一の長男故におそらく大事にされてきたのでしょう!! そして長男、嫡男という風潮が衰えた昭和・平成の中にもその価値観を変えることが出来なかった長男至上主義者だったのです!!!!

 

そして、祖父が亡くなった後に気づいたことですが、次男三男は要らんものや!!というセリフは孫だけに言った言葉ではないという事です。そう、他家の三男で婿養子に入っくれた我が父に対しての嫌味でもあったのだと思います。

自分(祖父)は長男父は他家の三男母は自分の三女、その子供は男の子3人。祖父の考えはこうです。祖父を初代と数えて父母はあくまでも繋ぎで祖父の継承権は渡さずに孫の長男(所長の兄)に家を守ってほしかったのだと気付きました(確証があるわけではありませんが様々な状況祖父の言動行動、祖母、母の言動などの状況証拠から推察できました..)

我が家は別に昔から由緒ある武家でも名家でも、自営業、農家でもないのでこんなことを考える必要もないのですけどね...

 

でもきっと祖父の頭の中の家族の系譜、価値観はこうだったのだと思います。

確証はないと言いましたが、自衛隊を辞めて一時実家に身を寄せたとき、祖父の、所長の兄に対する態度が明らかにそういっていたからです。

 

たとえば、兄が部屋で吸ったたばこの吸い殻、それを兄が会社に行っている間に祖母に片付けさせる。兄の車を格納している車庫のシャッターを閉じてあげる。兄の帰宅時間前に、閉めたシャッターを開けておく。などなど、祖父母が兄を大事にする姿をよく見たものです。そしてそれを咎める所長の意見を一蹴したのです。『長男やろ!??』とです...

 

それを受けていた兄も、当然のようにというか受け、問いただすと、祖父母が勝手にやってるだけでやらなければ自分でやるとは言ってはいましたが...

 

そう、所長が旅の生活を続ける理由は、ひとえに祖父や母、兄に対する反抗、長男至上主義に対する挑戦、所長の意地なのです。もちろん当初は反抗ではなく家を出れてラッキーと思っていましたが(笑)

 

それプラス、富山県の何もないという田舎具合にも辟易し、若い頃の欲望からくる、冒険心、違う土地への憧れもあります。(東京に対する行きたいという憧れは抱いたことはない)

 

憑き物の一つが取れてしまった...

先週、祖母も逝き、所長が長年反抗してきた長男至上主義との戦いに終止符が打たれました...そしてその恩恵を受けてきた長男は、独身により、子供もなく将来的に所長に実家や自分の死の世話をしてもらわなくてはならないことを少しは最近気にするようになり、所長に申し訳ないとは思ってると話したりするなど、所長も祖父母の兄に対する態度などを本音で話し合うことが出来ました。

 

そして、今回の帰省でそんなことがあったせいか、心なしか富山県に対するわだかまりも何となく自分の中から消えているのに気付いている今の自分がいます。

 

そして、セミリタイヤを考えたときに、現在の居所から、富山県でセミリタイア生活をすると仮定すると、生活費の試算が変わってくるのです!!

何を言おう、住居費がかなりやすくできるのです。

実家ではまだ暮らせないにしても、中古マンションを購入したとして仮定しすると。

下記は以前計算した家計簿です。

我が家夫婦2人40歳(2020年1月現在)世帯の家計の月間平均です。

食費 44,730 (自炊・外食・家用酒類含む)
通信 21,641 (携帯・ネット・CATV・ネットフリックス)(携帯はドコモ契約)
光熱 12,066 (電気・ガス・水道)
交通 14,116 (ガソリン税金保険車検・電車)
遊興 16,525 (旅行含む)
被服 9,126
雑費 19,472 (日用品家電他)
医療 8,683 (生命医療保険含)
飲料 2,618 (外飲み代)
コンビニ 4,789
家賃 37,560 (管理費) (固定資産税別110560円 24500円(管理費・修繕積立金・駐車場込)固定資産税(10万円以下)
ローン 40,901                   → マンション売却、新規購入状況により0円にもなる
(国保 29,583) (収入270万とし概算値)
(国年 32,980) (国保と共に二人分)
─────────────────
(家賃除 216,329円) 総計 294,790円   →  281730円(マンション売却、賃貸に出すことでローンも変わる)244790円

※3年分の年間支出の平均の月割りして求めたものです 

年間合計 3,537,480円  → 2612484円(マンション売却中古購入で償却) 車ローン終了後 2230352円
生活にかかることになります。※現在社保のため国保国年は予定です

 

 

 

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