富山県のおすすめラーメン屋さん①~西町大喜と大喜根塚店~

チャーシューメン専門店・大喜

富山ブラックラーメンなんて言い出したのは、たぶん2000年代以降のお話です。日本全国各地でB級グルメで町おこし、B級グルメの大会が行われるようになってからの話です。

 

しかし、その中でブラックラーメンの元祖、もちろんそのお店も、他のお店も自分たちでブラックラーメンなんて言ったことはありませんが、元祖だと言われるお店はあります。

 

それはチャーシューメン専門店・大喜というお店です。

しかし、他のサイトなどでも書かれているので由来などは書きませんが、このお店は現在、2系統存在しています。

一つは元祖と言われる西町大喜

もう一つは、大喜・根塚店です

大喜根塚店のチャーシューメン(大) そこまで黒くない

 

どっちが本当の元祖ブラックラーメンかというと、本来の元祖は西町大喜になるのですが、実際は、西町大喜は一度閉店し、レシピと屋号をどっかの会社が買い取り営業を再開、複数の支店を出しております(以後、屋号売却前の大喜は大喜本店と呼称)

一方、大喜根塚店は、大喜本店で修業したお弟子さんが暖簾分けされ、その昔は富山テレビの隣に店舗を構えており、その後移転し現在地にて営業しております。(なので大喜根塚店が最初から今の根塚の現在地(光陽小近く)で営業していると思っている方はまだまだ歴が浅い方です❕❕富山テレビの隣、ナポレオンの像の近くと言えば富山市の方はわかるでしょう🎵)

大喜根塚店に行くとそこの所の事情が書かれています。

 

 

小生の父上(S19生)が戦後、その父(所長祖父)とよく連れて行ってもらっていたというのが大喜本店(西町)でした。お店は大和の隣の狭い路地の中にこれまたお店は細長い感じで営業していました。そのうちにお弟子さんの一人が独立し、大喜根塚店を開業、父母とよく家族5人で大喜根塚店に食べに行ったものでした。

その時はまだ大喜本店の店主が御存命で、配膳などで働いている人達もお爺さんばかりでなかなかの雰囲気でした。そしてそのお爺さんたち、ラーメンを運んでくる時にお椀の端を持つためか指が汁に浸かったせいか指が黒くなっていましたね!!

 

そんな事情もあり、我が家では現在、西町大喜と名乗りあちこちに支店を出すほうを偽物大喜と呼び、大喜根塚店を大喜と呼称しております!!

ただし、ブラックラーメンというジャンルは2000年代以降の後付けに過ぎず、大喜本店大喜根塚店が、自分達がブラックラーメンの元祖だなんて言ったことはないはずですけどね🎵

 

その大喜根塚店、メニューはチャーシューメン(大・小)1200円・800円、ライス200円しかないので各テーブルにはメニュー表は置いてません❕❕

常連は席に座る前にカウンターで大か小しかないので、注文し水を汲み勝手に好きな席に座りますので、席について入ってくる客の動き見ていると慣れた人か初めて来たような人かわかります‼️

初めていくとテーブルにはメニューも箸も胡椒や調味料関係は何も置いてなく戸惑いますが、もちろんちゃんと店員が聞きに来てくれます‼️

 

令和の時代に、チャーシューメンの一本勝負、テーブルには胡椒などおかず、味変をさせない頑固さ!味に自信がないと出来ないことですよ🎵

 

メニューの多いラーメン屋はたいてい流行ってない  ~銀魂~

 

西町大喜がまだ大喜本店として営業している頃の味は、今の大喜根塚店と同じ感じでした。もう大喜本店の味を知る人もだいぶ高齢化しておりその存在を知る人も少なくなったと思いますし、屋号売却前からの大喜ファンは偽物大喜である、現在のあちこちに乱立している西町大喜には決して行きません❕❕ 宣伝費を払える企業なためか、地元タウン誌や全国版◯◯ぶなどには『地元記者が語る』名店として西町大喜は宣伝されますが、所詮スポンサードの効果です… さらに言ってしまえば、富山ブラックとして全国展開している『麺家いろは』に至っては県外企業が経営してます…正直、富山のラーメンの質を下げてます…😢⤵️⤵️

 

大喜本店の味と魂は西町大喜ではなく、大喜根塚店にこそ味とその魂が継承されています‼️

 

 

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