『資本論』から考察する労働奴隷のプロレタリアートの我々

カール・マルクス著『資本論』を実際に完全に読み解くには、高卒小市民の所長には少々難しすぎます…。

がしかし、佐藤優氏著『「資本論」の核心』を読みおおよそ、ホントにさわりだけ、何となく資本主義社会についてわかった気がします。

資本論を完璧に理解するには相当な国語力と経済知識がないと無理なのかもしれません。しかしそのことが、そこからなぜ共産主義者に高学歴者が多いのかわかった気がします…。

マルクス主義では、資本主義の行着く先には、階級闘争によりプロレタリアート独裁が生まれるとあります。ですが結局そのプロレタリアート達を率いることになるのは誰でしょうか。そうそれは資本論を完璧読み解く事が出来た一握りの、そう資本主義社会のエリートの中でも少ない一握りの天才達かもしれません。

そのあと革命に煽動されたプロレタリアート達の運命は…。なんら革命前と変わらない搾取さるるだけの労働者のままでしょう…。

 

結局のところ、本書では資本主義社会の階級や搾取についてなど述べられています。が、共産主義崩壊後、資本主義以上の社会システムもないとも述べられています。

資本主義でも社会主義でも、無知、不勉強な労働者は利用され搾取されるだけの存在でしかありません。

勿論、左巻き全開の日教組の率いる学校教育、完全に共産主義に洗脳するでもなく、資本主義社会に合った教育をするでもない。

そうして共産主義も資本主義も教えず、うやむやにし、結局、資本家に搾取されるか、共産党に搾取されるかの道しか選択肢がないよう、労働するのは当たり前ですと教え、仕向ける巧妙な世の中となっています。

今の世の中、本書であるように、貧困は社会システムの問題であって貧民自身の能力の問題ではないといいますが、所長はは少なくとも本人の能力、選択、不勉強、無知も関係していると確信しています。

少なくともこの世を生きるにあたりお金に関する必要最低限な知識ぐらいは自分たちで勉強していれば、貧民、老後貧乏に落ちることはなかったの人間も多いはずです。

資本主義社会に変わるシステムがない、トランプの同じカードが揃って革命が起きることもないこの社会て生きていかなければなりません。なら、諦めて、少なくともどうやったら少しでも搾取が減り、貧民にならないかを自分で考える必要があります。

 

ただ毎日を何も考えず(本人は考えているつもり)に働くのは仕方ない、当たり前、セミリタイアなんてできもしないと言っていればいつまでも、職場の監督者、責任者、資本家にその無思考能力を利用され続けるだけですね...そんな労働奴隷と毎日毎日一緒の職場にいるのは苦痛で、いつ足を引っ張られるか怖くてしょうがないですよね!!

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