元護衛艦乗員の寄港地浪漫紀行①~石川県金沢港・七尾港~

舞鶴地区の警備区域は北は秋田から南は島根県までの日本海側を担当しますとは昨日のブログで書きました。

今回から寄港地について紹介していこうと思います。

 

広報の3群

以前のブログでも紹介しましたが、フリートナンバーの枕詞、舞鶴は広報の3群(第3護衛隊群)です。

昔は地方隊所属艦艇もありました。特に地方隊所属艦艇はちくご型、あぶくま型、メロン型(いしかり、ゆうばり、ゆうべつ)が健在(現在はあぶくま型のみ健在)で、田舎の水深の浅い港でも入れたのでかなりどさ回りさせられたものです…。

 

その中で所長が自衛隊人生で初めての広報で寄港した民間の港は石川県七尾でした。

 

石川県七尾市七尾港 

当時、舞鶴地方隊には31護衛隊あぶくま型3隻、24護衛隊たかつき型2隻が配備され、毎年7月は隊訓練しながら、七尾、金沢に行くのが定例行事でした。

というのも毎年、七尾みなと祭り・総踊り、翌週、金沢の花火大会に合わせて、一般公開、体験航海と、イベントの目玉としての広報行事でした。

 

特に七尾では、艦内一般公開、体験航海ともうひとつ、市民総踊りに参加するというものがありました。七尾の広報が近づくと市民総踊り参加者が30名ほど募られ(若手海士はほぼ全員強制参加・100人ほどの乗員から30名参加)、空き時間や七尾に向かう航海中にビデオを見ながら練習します。

 

七尾に着いたら、踊りの先生が来て最終練習します。 艦内一般公開、体験航海が終わり、普段なら上陸の所、踊り参加者は祭り会場に運ばれます。

 

祭り会場の中央ステージには、市長や商工会議所会頭などと並び、隊司令、各艦長が招待されていました。

そして、七尾市の企業、銀行、信用金庫、高校、中学生の団体など、それぞれ隊列を組み、我々も各艦ごと隊列を組み、周回式の踊り会場を周回するのです。

日本百名城・七尾城跡から七尾市街を望む

 

ステージ前では、各団体ごと紹介されるのですが、31護衛隊の紹介が『今年も参加、ご存知第31護衛隊護衛艦○○です!』て紹介されてました(笑)

 

途中途中、お酒やつまみが町内会の好意でつまめて、勢いがついてきます。正直、あまり盛り上がってない団体もあるのですが、海自の海賊達の勢いにつられ、また行き足激しい人はよその団体に紛れ盛り上げる強者の先輩もいたりして、最初はみんな嫌々参加なのに、最後は結局、地元の人よりはしゃぐという…。(爆笑)
しかし、その後あまり呼ばれなくなり、所長が31護衛隊を退艦して数年後には行かなくなったみたいで、先輩達がやり過ぎたのかもしれませんね…。

 

七尾名物・日向爺さん

そして31護衛隊の七尾広報の名物と言えば、必ず来る、戦艦日向の元乗組員のお爺さんです。来るといつも戦艦の自慢『昔の戦艦はもっとデカかった、艦橋までどれだけ高かった、護衛艦を駆逐艦と呼び少し軽く見る...』みんなその人を、日向爺さんと陰で呼んでいました。昔、広報で地方の港に行くと、旧海軍の略帽をかぶった年老いた老人の一団をよく見かけたものです。

 

 

旧海軍略帽(夏)

先人には敬意を持たなければいけないとは思いますが、やれ今の海軍は、船乗りはと、昔の武勇伝。自慢を聞かされて、在りし日の思い出に長々と付き合わされても、他に業務もあるので大変なのです...

 

 

石川県金沢市金沢港

七尾での広報を終えると今度はそのまま訓練をしながら、同じ石川県の金沢港に向かいます。

金沢市・東茶屋街

石川県金沢市。加賀前田家百万石のお膝元。江戸時代には、江戸、京、堺、大坂に次ぐ人口を誇り、今もその街並みの名残と風情を残す街です。日本海側の広報で入る港では、新潟に次ぐ繁華街の規模で、乗員としても上陸すれば面白い町でした!! そもそも日本海側では新潟市、金沢市が発展していますからね。

 

金沢では、午前午後と2回を2日間(4航海)の体験航海をやり体はへとへとなのにひとたび上陸すれば、繁華街に繰り出し、美味い寿司を食い、ネオン街で朝の4時過ぎままで飲んで騒いで、船帰って、朝8時出港とタフな生活していましたね!!

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