年収が高い世帯に多い『隠れ貧困』なんて認めません。それはただの自己責任です

隠れ貧困とは

昨日のブログで少し触れた、経済ジャーナリストの萩原博子女史が提唱してる、高所得層なのに貯金が出来ておらず、現在の生活においては困らないが、将来において家計が破綻する可能性の高い層のことらしいです。

 

絶対的貧困相対的貧困

貧困には相対的貧困、絶対的貧困があり日本の場合は相対的貧困。でもそれはその国の平均値などと周囲と比較してことであり、ま、あくまでいわゆる低所得層のことになります。

そもそも相対的貧困の場合でも、絶対的貧困と違い、毎日が食うに困るということはなく、日本の基本的なサービスなどは受けることが出来ます。それが日本の福利厚生の良さでもあるわけです。

 

 

それを踏まえて、萩原博子女史のいう、高所得層の中の隠れ貧困などという人々は正直、貧困などと苦しいと泣き言を言うことは許されないし、貧困という言葉を使うこと自体許されないわけです。

 

高所得層に隠れ貧困などただの甘えと自己責任です

高所得層はそもそも収入は申し分ないわけです。しかし貯蓄はない、現在食べるには困らない、しかし将来貯蓄がないが故に破綻する、貧困層になるという事らしいです。それは単に自己責任です。絶対的貧困の人々はその日食うにも困る生活で、日本の相対的貧困者たちは、基本的な最低限のサービスは受けれるが苦しい生活を送る

 

では、隠れ貧困者たちは?

現在において家は持ち家で毎日いい食べ物を食べ、外食も出来、旅行も行く。そしてその子弟たちは毎日塾に行き、私立の学校を目指し、大学まで出る。大学では一人暮らしが出来、仕送りもある。そんな生活を送り、余裕がない、貯蓄できないなどという泣き言は許されません。その年収にあった生活レベルをしろという事です。しかし高所得層になると同レベルもしくは上位者との見栄合戦、プライド、底辺に落ちたくない気持ちと底辺層を見下す心持ち一度上げた生活レベルはもう下げることが出来ません。それで将来破綻する。国の年金が少ないなどとは言うことは許されないわけです。自己責任なのです!!!!

 

かたや相対的貧困者たちは公立義務教育、公立高校卒です。

差は歴然です...

 

高所得層における隠れ貧困者などを争点にするあたり、この方の底が伺い知れますね。そう要するに、この萩原博子女史は相対的貧困層である低所得層を助けることはしないという事です。まあ、この人に家計相談しても相談料を払えないかもしれないし、そもそも低所得層は雑誌や新聞、書籍を買う余裕もないわけですから、この人のマーケティング範囲は高所得層という事になります。そこをターゲットに相談料を貰い、書籍を売り、金を儲ける。

 

それ自体はビジネスですから批判してもしょうがないですけどね...中流層以下は適切な階級位置を確認し、自分にあったビジョン、資産運用を考えていかなければなりませんね...

 

 

 

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