海上自衛隊の護衛艦生活:津軽海峡(宗谷海峡)冬景色~果たして護衛艦はどれぐらい揺れるのか!?~

利尻富士・見えないけど...

 

国際海峡

地方隊が存在していた頃、よく津軽海峡や宗谷海峡など2週間くらいの訓練兼ねて国境監視的な出港がよくありましたね。日本は国境線が海なので、国境監視が甘いとか、対馬や北海道に韓国やロシアが上陸したらとかのIfが一部のマニアなどで語られていますが、彼我の海上戦力を見ればできないでしょう。

国際海峡とは...あー長くなりますね...割愛して、その海峡がどこかの国の領海でも条件を満たせば通れるものです。上記の海峡は領海幅を敢えて狭めて日本国領海にならないようにしてあります。理由はいくつかあります。新聞やネットでは非核三原則とかも理由とされていたりします。領海にして無害通航権の適用になると波打ち際まで影響を受けて不利になる可能性も否定できないため、敢えて公海にして自由航行にしているのかもしれません。

 

そんな真面目な話より、真冬の宗谷海峡、津軽海峡は過酷そのものです。よく大間のマグロのテレビでもやってますが、まぁ~、揺れますね!!

 

最大動揺42度体験!!

宗谷海峡に12月に行ったときの話です。護衛艦あぶくまは現在は護衛艦では最軽量になります(当時はまだゆうべつ、ゆうばり、いしかりの通称メロン型、ゆうぐもが現役)

あぶくま型

 

護衛艦には動揺防止のためにフィンスタビライザー(下図:艦艇部に付いてる羽状の物)というものがついていますが、それでも揺れるものは揺れます。揺りかごのように揺れます。

 

ディスカバリーチャンネルの『ベーリング海の一攫千金』シリーズのカニ漁船です❕❕

 

で、ちょうど変針中に横波を受けたときでしょうか...ものすごい衝撃が走りました!!&強烈な遠心力による重力の変な感じに襲われました!!

 

左右の動揺計(左右の動揺を計測する時計型の装置がある)の最大値がなんと42度を計測していました。それと反対側に39度でした(揺れた分揺り返しが反対側にも来ます)

 

もう少しで45度行くところでした。今地平に垂直になっているのが90度(もしくは0度)とすると45度まで行くと、要するに地平に足をつける状態と、揺れた側の壁に足をつけ立つ状態が同じことになるわけです!! わかりますかね!?

 

護衛艦乗員人生で後にも先にもそんなに揺れたのはただその一回でした。所長は当時、食堂にいましたが、調理員が調理終わって配膳するだけだったバッカンがいくつかぶっ飛んで料理が散乱していました...(一品減りました...)

 

また、艦橋の外で見張りをしている、若手の海士の見張り員はそれだけ揺れると、上図にあるように、海面が結構すれすれな感じで近づいて見えるので恐怖すら感じます...。

 

その後、所長はDDG畑を行きましたのでそんなに揺れませんでしたが、30度くらい揺れはDDGでも何回か体験しましたがそこまでではなかったです。それでも40度超えは艦内でも恐怖でしたね...そのまま復元せずに転覆すんじゃないかと思いましてね...

 

真冬の宗谷海峡、津軽海峡のもう一つの敵

フル防寒装備(南極仕様のおさがり補給品です)

それは..もちろん強烈な寒さです...寒いなんてものじゃありません!!

上記の写真のオレンジの防寒着は、北方に行く部隊の、見張り要員にだけ特別に配られた南極仕様の防寒着です。通常の防寒着は、濃紺のいわゆるドカジャンでしたが、それでは凌げないので特別に配られました。写真の人物、手が素手ですが、素手だと双眼鏡を覗いた時などに双眼鏡を支えた手が凍って張り付いて皮が剝げるとかも言われていました。手袋はたぶん腹の所のポケットに入っているはずです。

 

お楽しみはもちろん!!

北の海産物です!! うに、いくら、いか、鮭、ホタテ、そしてカニ!! タラバガニ、毛ガニ!!

入港先は宗谷なら稚内、津軽なら函館に入るので、その時には、はい、ダッシュで寿司屋に行き腹いっぱい、残り時間で、海産物販売所に向かい、毛ガニ、タラバガニを買います。水槽に入ってる中のもので大きいものを選び、送り日を指定し茹でてもらって送ってもらいます。いつも大体4~5万円分のタラバカニを買い、毛ガニをおまけでつけてくれたり、ホタテをくれたりとしてもらいました。独身でなまじお金があったから完全におかしくなってましたね!! でも送り先の実家の両親や親せき一同で正月に食べれて、皆喜んでましたねされましたね!!

 

で、母親が一言、今度次いつ行くの??だってさ!!

ああああ~あ~津軽海峡~冬げ~しき~♫

 

 

 

 

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