海上自衛隊、真夏のドサ回り日記 ~海上自衛隊 護衛艦一般公開・体験航海 広報の3群~

海上自衛隊は一年中広報行事があります。それは航空自衛隊や陸上自衛隊とは違い広報の目玉となる、対象物である艦船が移動可能だからです。補給を兼ねて寄った港での広報などざらにあります。というか補給がついでで広報がメインだったりもします。

真夏に多い広報行事

何故に真夏に広報行事が多いのには大きな理由があります。

1.将来の人材確保のための学生が夏休みに入るためです。そしてその期間が入隊を希望する学生たちの一般兵で入る入隊試験の募集期間中であること、一般幹部候補生の2次試験(1次は5月か6月)、合格発表が間近だという事に起因しています。

2.大きな港湾のある街ではこの時期に港祭りというイベント、花火大会、盆踊りなどををやるところが多いため、そのイベントの目玉として呼ばれることが多いため。

 

 

80年代、90年代初頭、見向きもしなかった自衛隊広報行事

我々一般人とは勝手なもので、昔は自衛隊か!!と侮蔑の意味を込めていたものが、ここ数十年で状況は変わり、自衛隊関連イベントはどこも飽和状態に近いと聞きます。陸自の総合火力演習、空自の航空祭、航空ショー、海自の観艦式などのチケットは元々は抽選でただで手に入るものが、ミリタリーマニアの間ではプラチナチケット化していると聞きます。

 

所長が小学生時代の、80年代後半、90年代前半は護衛艦が地元の港に入港し広報をやるといっても人はまばらでした。体験航海もチケットは事前に配ってはいましたが、チケットを持っている人が乗船し終わって船に余裕(救命胴衣などの)がある場合は希望者はチケットなしで乗せてもらっていました。事実、所長も、父親の会社が港の真ん前にある製鉄所勤務でしたので、入港してくると見えたらしいので社員みんなで休憩中に見学に行き、次の日子供の小生を連れてよく見に行ったし、体験航海もチケットなしで何回も乗せてもらいました。

 

しかしそんな記憶も忘れて、何を血迷ったか18歳で海上自衛隊に入隊し、地元の富山や石川県の七尾や金沢に入港した際には家族、親戚で押しかけてきて、父親のその記憶で、チケットなしで乗員家族枠でよく乗せていました。(2000年代に入るとさすがに人気が出たので、チケットなしはまずいという事で事前に家族枠でチケットを貰い乗せていました)個艦の体験航海ではチケットは乗員枠で希望乗員の枚数分を地連経由で確保されていました。

 

 

目の前で入港反対デモをやりながら、終わったら装備やマスクを片付けて見学に来る、デモ連中

デモ隊の大半は弁当や、日当が出るからとそれにつられてやってくる首班たちの集めた知り合いなどが多いらしいですね。主義主張もあったものではありませんね。そしてデモが終わり解散し、護衛艦側も入港作業後の、広報準備作業が終わる頃合いを見て、そのデモの連中は恥も外聞もなく普通に艦船見学に来ることもよくありました。秋田では3000人のデモに会いました。金沢でも数百名のデモに会いました。でもそんなデモ参加者でも断れない歯がゆさ...逆に丁寧に扱うストレス...日本人は勝手です...

 

 

文句言いつつも、ドサ回りの楽しみ方

地方巡業のいい所は、普段行かない、失礼ながらプライベートの旅行などでは行かないところが正直多い、田舎の港町が多いです。特に日本海側にはそういうところが多いです。舞鶴警備管区には大きな百万人都市、取り扱い量の多い国際貿易港はありません。太平洋側には大きな港、そう神戸や、大阪、名古屋、京浜、京葉などの港がありますがそういうところには逆にあまり広報では行きません。何故か?? それは民間の港では、岸壁に入港するには岸壁使用料がかかります。タグボートもお金がかかります。そういう国際貿易港は岸壁使用頻度が高いため、必然使用料も高くなるためです。

 

これも知られざる港湾のあるあるですね!!岸壁に係留するにはお金がかかる、水の補給に燃料の補給に金がかかる、港湾の使用実績も欲しい。乗員の街での経済効果も欲しい。それらも含めて、先に書いた入隊者予定者に対する広報のために地方巡業が行われるのであります。

 

必然田舎が多くなるので、ドサ回りで遊ぶとなると、結局地元の名産が食える居酒屋でお酒を飲む、さびれた駅前のパチンコに行くくらいしかありませんでした。場末感満載のスナックに入る。すると他の乗員もいる。とかよくありました。

 

第31護衛隊時代は、七尾の港祭りに呼ばれ、市民総踊りというものに参加するのが毎年の夏の恒例行事でした。24護衛隊でもなく、3群艦艇でもなく、毎年31護衛隊の仕事でした。たぶん港が小さいのであぶくま型しか入港できなかったのか、七尾市役所、観光協会、商工会議所と裏取引があったかですね(笑)。

 

酷かったのは、七尾や金沢での広報では体験航海がまさかの午前、午後のダブルヘッダ―てのがありました。真夏の甲板は温度70℃にも達し、ゆっくりと目玉焼きが出来るくらいなのです。それを2回戦やると人間フラフラです。体験航海中は以前ブログで書いた通常の当直体制ではなく、軍艦なので手すりとかは固定ではなく可動式なので一般人が転落しないため、また触ってはいけない機器などの保全のための警戒員て言うのがあるため休憩などはありません。死ぬかと思いましたね。しかも当時31護衛隊3隻いたのに体験航海は2隻。要するに2隻は午前と午後どっちか一回なのに、所長の乗艦は2回体験航海、それを二日間計四回でした。僚艦のほうは交代で計2回づつでしたね。体験航海してる間、祭りの目玉がいなくなると困るから3隻のうち1隻は港に残しておくという取り決めでもあったのでしょうね!!!!

 

 

 

 

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