海上自衛隊の艦艇部隊・所在地紹介 その1 京都府舞鶴市

舞鶴港・北吸岸壁係留中の護衛艦群

海上自衛隊の根拠地

海上自衛隊の艦艇部隊には5か所の総監部があります。横須賀、佐世保、舞、呉、大湊に総監部が存在し、護衛艦隊を編成する、第1~第4護衛隊群の司令部が、横須賀、佐世保、舞鶴、呉に存在しています。

 

総監部内の組織構造もほぼ同じですがいくつかの違いがあります。大きな違いは大湊には教育隊がありません。ですので、新入隊員は各警備区域内の総監部の教育隊に入隊します。舞鶴は北は秋田から日本海側の県、岐阜県、関西主要県、山陰地方の人が集まります。しかし期により神戸の人間は呉に入隊したり、愛知、三重の人は横須賀に行ったり舞鶴に来たりします。

横須賀は北海道から太平洋側各県三重県まで。

呉は岡山県から瀬戸内県、四国県、瀬戸内なので大分、宮崎は佐世保かと思いきや呉にいきます。佐世保の場合もあるかもしれませんが。

佐世保は福岡から大分宮崎を除く九州・沖縄県の人が入隊します。

 

総監部はかつての海軍鎮守府所在地

大湊を除く地区はかつての海軍鎮守府があった街です。大湊は鎮守府より一段下の要港部でした。舞鶴も軍縮条約期の一時期要港部に格下げになっていたこともあります。また横須賀を除く地区はかつての鎮守府跡地・建物をそのまま使用しています。横須賀鎮守府は米軍に戦後接収され現在は米海軍司令部・第7艦隊司令部に使用されています。

 

フリートナンバー

護衛艦隊のフリートナンバーにはある枕詞がついています。

華の1群(横須賀)訓練の2群(佐世保)広報(後方)の3群(舞鶴・大湊)屁の4群(呉)、というものです。

※諸説あります。1,2群は変わらないのですが3と4が入れ替わります。後方の4群、屁の3群。

 

理由は、横須賀は首都も近く、護衛艦隊、自衛艦隊司令部も所在し、米海軍もいることから、威容を示すために最新艦が配備されます。

呉は瀬戸内海にあるため、外界に出るのに時間がかかることから後方にあたるから、後方の4群、もしくは昔は除籍近くなった古くなった船が呉に集まっていたため屁の4群になった説があります。

舞鶴は広報活動が多いためと、昔の想定主戦場は太平洋だったので後方に当たることから後方と広報をかけて。

 

近畿百景・五老が岳より舞鶴湾を望む

京都府舞鶴市

舞鶴市は京都府にありながら京都市までは電車(特急)で2時間かかるという土地です。それでも京都府北部では一番大きな街です。京都府南部、特に京都市の人間からすると京都府扱いしてはくれませんが..。福井か山陰かて言われます。

 

舞鶴湾は波静かで、干満の差も他の地区と比べ非常に小さく天然の良港です。台風の時には洋上を行く内航船などが多数避難してきてごった返し、台風避泊の時には錨地の空きがなく、やむなく福井の小浜湾に避難します。ま、そもそも舞鶴湾は海自の所在港の中でもナンバー1に静かな港なので避泊などする必要もないのですが...船に傷がつくと、自分の経歴に傷がつく幹部、艦長が嫌がり台風の勢力に関わらず何が何でも避泊します..。

 

舞鶴の紹介をしようと思っても正直あまりいいところがないですね。田舎の割にはアパート賃貸事情、住宅事情もよろしくなく、山間に囲まれた町で、なぜか天候もよろしくありません。舞鶴では弁当忘れても傘忘れるなと言われるほど天気が変わりやすく雨が多くなっています。

 

所長が入隊した1998年頃には、大手のコンビニチェーン店は一軒も、そうほんとにただの一軒もありませんでした。セブンイレブン、ローソン、ファミリーマートがです。ただの一軒も..。理由は市長や商工会議所の人間たちが地元の商店を経営してて、自分たちの既得権益を守るため外部のチェーン店をブロックしていたようです。また市長がガソリンスタンドを経営していたためか、街中の各ガソリンスタンドはガソリン価格を表示せず、しかもものすごく値段が高かったです。

 

そんなわけで舞鶴は不人気で人員も不足していて、教育隊修業後は通常教育隊所在地の部隊に配属されるのですが毎年、呉や佐世保、横須賀教育隊から舞鶴送りにされる人が居ました。噂によると、舞鶴では勤務地の希望は第3希望まで書くのですが、他の地区では第4、第5希望まで書くと云う噂があり、希望順位が何位であろうと舞鶴と書くと舞鶴に送られてしまうというものでした。真偽は不明。

まあ。舞鶴の場合は第3希望まで書くひつようがないですがね。

 

しかし3群司令は出世コース!?

兵隊からは不人気のそんな舞鶴地区ですが、所長が在職していた10年間またそれ以降で、3群司令(舞鶴)経験者が4人(一人は所長退職後)、舞鶴地方総監経験者が一人、後に海上幕僚長に就任しています。まあ、たまたま98年以降は北朝鮮による不審船事案や、弾道ミサイル発射事案などが多発し、後方ではなくなり主戦場になったため、舞鶴地区の地位が向上したのでしょうかね(笑)

 

 

1件のピンバック

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。