労働者・底辺層が闘うべき相手とは~不良・ツッパリの思考から考えてみる~

—不良やツッパリ君たちの思考を考えてみよう—

中学校、高校で先生や親に反抗する不良・ツッパリ君達。そのまま大きくなったような人がわが社に存在しています。中学の頃からそういう人間達を観察していますが、彼らの思考は一体どうなっているのか考えてみました。

 

わが社にいるそういう方たちは、何かと上司に反発します。残業、休日出勤、支店間の人材交流のための小規模の人事異動。やることなすこと反抗します。まあしょうがないです。そもそも底辺系の職種の職場なのである程度は仕方ないと思います。

 

しかし異動を命じてくる課長職の中間管理職ももまだまだ社員側の人間です。取締役にでもならなければ彼らも社員です。社員なら就業規則などに縛られるのは仕方ないことです。ましてや中間管理職は上から言われ下から言われで板挟みです。

 

そんな中間管理職の人間に反抗したところで体制を変えることはできません。所詮中間管理職は立ち位置と気持ちは一般社員側と同じではあるが、会社側からすれば社員に立ち向かう最前線、尖兵、将棋の歩、鉄砲玉に過ぎない小さい存在です。彼らに反抗したところでただ憂さを晴らしているだけにしか見えませんし、資本家や経営陣の考えを改めさせ、労働奴隷から解放されるわけでもありません。

 

—見えざる巨大な敵—

真に立ち向かうべきは学校の教員や中間管理職、親ではありません。それらの操られた尖兵を倒してもその後ろで彼らを操っているもっと大きな存在が居ます。本当に戦うべき相手はそいつらなんです。しかしてその正体は…会社の社長でもなく、政治家でもなく、資本家などの金持ちでもない。社会全体を覆う大いなる意志、そう金のないやつは、学のないやつは、働け働け、働くのが当たり前だいう労働者を作り出そうとする資本主義が誕生してからの資本家、政治家たち金持ちの残留思念体、亡霊、そして働くのが当たり前だと刷り込まれ残留思念体に取憑かれた自分自身を含めた社会全体の空気感です。

 

他人に対して虚勢を張って、小さなプライドを守って生きるしかない不良・ツッパリ君たち学のない人間には、そんな奥に潜む存在など関係なく生きて、真に闘うべき相手とは一度も闘わずして不戦敗、ま、自分たちは勝ったつもりで生きて勝ち誇った顔をして一生を底辺労働者として生きていくしかないのでしょう…。

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