働き方改革が進まないのは自分たち自身のせいでもあるんです

—働き方改革—

 昨今、働き方改革という言葉を耳にするようになってから久しいですが、一向に進む気配がありません。お上からの指示で企業の幹部連中も義務的事務的にやっているだけで本腰入れてやってはいないでしょう。ただの対処療法です。

 

—ブラック企業大賞—

 ブラック企業という言葉を聞くようになってだいぶ久しいがこちらも一向に減る気配がありませんね。働き方改革が進めば必然的に労働基準法に抵触すれすれのブラック企業は淘汰されてしかるべきだが何故かそうならないどころかむしろ増えている気すらします。

 働き方改革のおかげかOECDの調査では日本人の年間労働時間は1710時間と世界で22位でそんなに労働しているわけではないが、残業代をつけないサービス残業がおそらく入っていないと思われます。またOECDの調査で日本人の労働生産性は世界24位と効率の悪さを露呈しています。 

 労働時間を減らすことと労働基準法を遵守させることに重きを置いたがゆえに一定以上の残業は違法と厳しく取り締まることにより、生産性が悪い脱法的な残業をさせるブラック企業が増えています。

同じ脱法的行為なら高度経済成長期のような有給休暇の買い取りやどこまで働いても残業代をくれた時代のほうがましであった気もします。

 

 

—ブラック企業を跋扈させるものの正体—

 しかしそんなブラック企業を育て跋扈させている者たちがいます。働き方改革を進める政府でもなく企業幹部でもなく、それは誰あろうか、我々労働者自身です。労働者の会社に異常に依存するせいでブラック企業を育て成長させているのです。

 小生が自衛隊を辞めたとき、海上自衛隊は不祥事続きで、中堅、若手の就業条件が大幅に改悪されました。当時は皆でこんなくそ組織辞めてやる、みんなで辞めれば困る、組織に大ダメージを与えてやろうとか言ってたものです。しかし実際に小生が別件で辞めると知ると手のひらを返したように辞めないほうがいいよとかいってきます。

 

—頼りにならない労働組合—

就業条件の変更や給与のベースアップなどは組合を通して交渉したり闘争したりしますが、最終的には妥協します。そりゃそうです、組合と言えど会社という宿木があればこそ生きていけるわけです。なので抗議のデモやストはあっても全員一斉に退職という選択肢は最初からありません。

 各組合には組合専従職員というのがいて、その企業の会社員ではなく仕事も組合だけの仕事をする、組合員(会社員)とは別の人がいます。その人たちは組合員が払う組合費から自分たちの給与を得るため、組合員(社員)が全員辞められたら、組合専従職員は給与を貰えなくなるため、会社との交渉の中で社員全員退職という最強のカードを出すことがないため会社は安心して組合と交渉します。

 そして労働者一人一人もそれぞれ個人、家庭の都合があるため最初から退職という選択肢を排除するため会社に対しての立場は弱くなります。

それをわかっているがゆえに経営側は労働者の足元も見てどんな無茶でもやってきます。言い方は悪いかもしれませんが、『たかが選手が!』一人精神的に追い込まれて過労死や自死を選んでも会社は痛くも痒くもありません。痛いのは社員全員一斉退職し全ての業務が止まりかつ明日からも生産も出来なくなることです。社員の再雇用、再教育、生産に寄与できるまでの技術の習得には相当の時間が必要だからです。

 

ストライキでは組合は勝利を宣言しますが、労働者としては負けです。何故か。スト中社員は無給になり給与に多大なダメージを負いますが、スト中でも組合専従職員は組合員の組合費で給与をもらうので痛くも痒くもありません。ストで痛手をこうむるのは会社でも組合組織でもありません。労働者一人一人です。ストを長引かせ会社が相当なダメージを負うことになれば企業業績ダウン=給与ダウンに繋がりまた労働者につけが回ります。会社が潰れれば社員も一蓮托生になるなら、全員退職のカードを使い一気に交渉すべきです。もともと労使の権利は50対50です。

 

—『二君にまみえず』という武士の教え—

武士道の教えで『二君にまみえず』というものがあります。しかしこれは江戸時代に完成した教えであり、戦国期やそれ以前ではない思想でした。

 武士はもともとは天皇や貴族の護衛役などでした。天皇は間違いなく日本で唯一無二の『君』であります。平清盛や源頼朝、信長や戦国期の大名たちも誰も天皇に対し反旗を翻していない、すなわち君は天皇であるためです。二君はいません。すべての人が天皇に仕えていたという感覚です。

 しかし江戸時代に平和になり徳川の世となった時、徳川政権が自分たちの権力の強さと徳川政権に反抗させないため、士農工商の身分固定を図り、その教えを広めるに至ったのではないでしょうか、武士の中の君主とは天皇ではなく徳川将軍だとするためです。すなわち徳川に忠誠を誓えという教えです。

 

 戦国期に藤堂高虎という武将がいました。戦国期において七度も仕える主君を変えましたが、実は戦国期には当たり前のことだったのですが、江戸時代の教えにより彼は死後後世長らく変節漢呼ばわりされ、大名としての評価は宜しくなく、武将としての現在でも人気がありません。彼は小早川秀秋や明智光秀のように敵前での裏切りや主君殺しは一度もやっていません。※小早川秀秋の寝返りや明智の謀反のおかげで天下を獲れたので徳川としては悪役には出来なかったのでしょう。バブル期の面接や、飲み会などで好きな武将を聞かれ、藤堂高虎と答えたら白い目で見られたなんて話もあるくらいです。

 

—就業環境をみれば企業が労働者をどう見ているかわかる—

話はそれましたが、日本の終身雇用制度も元々は作られ刷り込まれた教えであります。それも古い、徳川の政権のためです。それをいつまでも正しいと思うことが正しいとは思いません。世の中は変わっていきますし今まさに激変期です。

欧米の就業環境

 EU諸国では長いバカンスの後、休みが長すぎ仕事に戻ってこない人がいて熟練者を手放さないように企業はあの手この手で福利厚生を充実させているようです。しかしそれだけ転職市場も活発で色々な経験が次の職場の企業に生かされ社会の新陳代謝もよくなることでしょう。

 またある外資系の会社にお邪魔した時、日本との就業環境の大きな違いに愕然としました。それは個人のデスクです。そこの企業の社員のデスクは広くて、椅子は日本なら重役が使うようなふかふかでひじ掛けもありリクライニングのある椅子でした。トイレも綺麗で、洋式ウオッシュレットでした。かたや日本は隣のデスクと繋がり、境界線もわからず、椅子はよく見るキャスター付きの回転するひじ掛けもない安いやつです。トイレも和式だし…。これだけ見ても会社が労働者をどう見ているか解るというものです。

 

—働き方改革の前に、労働者自身の意識改革—

 労働者として働き方改革を待つのをいいですが、労働者自身がそもそも労使の権利は50対50ということを思い出し考える必要があります。終身雇用は昔の思想を企業や社会全体が歪んだ形で刷り込ませ美化し、転職は裏切りものとして白眼視する。日本では終身雇用は終わりつつあるのに、一人一人が転職者に対して肯定的な意見を持つに至らなければまだまだ終身雇用は終わりません。終身雇用が終わらなければ企業優位の社会はなんら変化するとは思いません。

 ブラック企業は最初からブラック企業ではなく、わが社の社員は何があっても辞めないと高をくくられ会社に足元を見られた時からブラック企業は成長を始め、どんどん悪辣に社員の労働力を搾取し肥大化します。ブラック企業が世に跋扈するのは労働基準監督署の怠慢でも、組合の怠慢でもなく、労働者自身の怠慢です。怠慢とは会社の労働に対してではなく自分の思考や行動、自分の人生の選択に対する責任のことです。 

 なかなか、小学校以来の無意識下の教育の賜物ゆえに意識改革させること自体が難しいですけどね…。

 奴隷は持たざる者。猶予のない虐げられし者。その何も持たぬ劣悪な環境であるがゆえに王を撃つのだ。持たざる者の捨て身の怒りが一番怖いというがこれは寓話。実際には王を撃つ甲斐性のある奴隷など存在しない。人間はそう簡単には捨て身にはなれぬものだ


コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。