逃げるは恥だが役に立つ

  海上自衛隊を退職 

  25歳を超えたころ管理職になり、さまざまな壁にぶつかり、ゆとりの部下が出来、上司との板挟みにもなり、ストレスが溜まってきていた。でも、任期制から定年制自衛官になっていたため直ぐ辞めるという選択肢はなかった。また嫌になったから辞めるという選択は逃げであり負けであるという周囲の洗脳に自分もかかっていた。

  28歳の時、組織的不祥事が発覚。小生も連座していたため連日の警察の取り調べ、内部調査、マスコミの嫌がらせ報道。正直限界点に来ていた。組織もいつもは兵隊が大事と言いながらも、いざとなれば切り捨てる。当時は許せなかったが、労働力の代わりなんて幾らでもいる。それも今ならそんなものだと理解することができます。学生時代から努力して支配層に上がることが出来なかったからです。

  そして、懲戒処分… 退職を決意をしました。上司に退職を伝えても、親に伝えても退職は逃げであると諭してくる。組織も懲戒処分で強引に幕引きを図りながら、無職で辞めて社会で問題を起こすと困るから何とか引き留めようとする。君の代わりはいないという。でも決意は固く、半ば強引に上司に認めさせた。それでも辞意を伝えてから3か月もかかった。(海上自衛隊は世間体を気する外面だけはいい組織で、無職で退職が認めらることはあまりない。) 

  周りの同僚などは、こんな腐った組織辞めてやると言いながら、小生が辞めると決まると、急に「ほんとに辞めるの?大丈夫?世間は厳しいよ」とか言ってくる。日本は本当に辞めるということに対してマイナスのイメージが強すぎ、冷たいものです。

四国お遍路から農業研修~再就職  

退職後はしばらくぶらぶらするつもりでした。2週間ほど引っ越しの手続きや国保、国民年金の手続きをし、静養し、その後ひと月の間、四国にお遍路に行きました。海運会社に再就職するも、心機一転を図り切れておらず再び退職。北海道の牧場に酪農研修に参加。研修期間終了後、再々就職、転職、今に至ります。

この期間中、無職、バイト、農業と様々な体験をしたことは非常に貴重でした。例えば農業の年収300万円とサラリーマンの年収300万円とは雲泥の差があると知れたこと(いずれ記事にします)。貯金だけでは資金はすぐ底をつき、投資が必要だと気付いたこと。海上自衛隊を退職しなかったら全て気づかなかったことです。

他人が見たら逃げでも自分の糧にはなっている

 退職する理由なんてさまざまある。家族の都合、自己都合、ストレス、パワハラ労働問題は根深い。中でも根深いのは、退職は逃げることだと思い込ませること。こいつは非常に罪深い。いや人によっては呪いにすらなりかねない。自殺する人などはその呪縛から解放されなかったのだと思う。小生はたまたま色々あって洗脳から解放されました。

 新卒が仕事が合わないから転職を繰り返すこと。確かに年配者からすれば辛いことからの逃げに見える。自分が管理職の時後輩が辞めたいと言ってきたとき同じことをしていました。しかし限界点はひとそれぞれ。その会社、その上司から見れば辛いことからの逃げの退職でも本人にとっては次に繋がる攻めの退職かも知れない。それは本人と相当話し込まないと分からないものです。しかしその一方で何の反省もなく確かに転職を繰り返すだけの人もいるのも事実。そんなことは会社や他人には所詮どうでもいいことです。たとえ本人にとり前向きの理由でも、雇っている会社側からすれば、社員の退職は労働力のマイナスでしかない。だから退職は逃げであると労働者に、その周りの世間には退職は恥だとよほどのことがないと解けない呪いをかけるのです。

  

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。