セミリタイアしようと思い始めたきっかけ

高校卒業後海上自衛隊に入隊

 高卒18歳で海上自衛隊で働き始めて、20歳の頃にはぼんやりと45歳で仕事をやめようと考え始めていました。当初自衛隊は3年任期で入隊したのでそもそも辞める前提でした。しかし、98年組の氷河期世代、社会はまだまだ不景気でした。

 そうこうしてる間に階級も徐々に上がり、任期制から定年制自衛官に昇任しました。すると見えていなかった嫌なものが見えてきました。より上層階の壁にもぶつかりました。優秀な人もいましたが、こんな人が指揮官だと船は沈むわと思う人も多くいました。

 当時住んでいた京都府の舞鶴という街も何年住んでも好きになれませんでした。住めば都なんてのは嘘ですね。何もない田舎のくせに土地も家も家賃も高い、賃貸アパートに駐車場はなかったり高かったり、商店街はシャッター&殿様商売、市の年間予算が300億円海上自衛隊予算が320億円と基地がないと何もできない町なのに自衛隊には冷たい町、京都府なのに都会の京都市まで2時間かかる町。

 そうしてるうちにいつか辞めよう、こんな町のこんな職で骨うずめようなんて気は徐々に薄れていきました。

 

投資という言葉を脳裏に焼き付けた少年時代

 小生の母親は高卒で働き始め、田舎の中小企業で最終的には専務にまで昇進していました。家には社労士や税理関係の本なんかが今でも物置の本棚に飾ってあります。よく祖父や父と、NTTの株が、JR西の株がとか、投資信託の話を買い物行く車の中とか、リビングとかで話していました。子供にはわからないと思って構わず話していたんでしょうけど、小生ははっきり覚えています、100万円で買った投資信託が3年で120万円になったと嬉しそうに話していたのを。

 そしてそんな家庭から、学校に行き、社会の授業で、株式のシステムや成り立ちを習いましたが、最終的には、教員が株はギャンブル、株は危ない、株は借金する、破産すると脅してきました。小生は悩みました。我が家は大丈夫かと。でも怖くて聞けませんでした。そんな時、どっかの親戚か知り合いが株で借金したと祖父が母と話していましたが、二人とも平然としていました。違和感がありました。なぜ平然としているのかと。でも母が一言。「信用取引なんかするから借金背負わんならんがや」と。 ん(・・?) 信用取引(・・?) そして、なぜか安心しました。

 

そして中流進学校へ

 小生が通った県立の中級進学校では、一つでもランクを上げようと教員たちはなんか必死でした。勉強して勉強して、よりいい大学に入る。それでどうなるのだろうと。社会の授業では株は危ないと教えるのに家では親たちが株をやりながら危ない意識もない。今思えばいろんな違和感を感じていたのかもしれません。  

 その頃にドラマ「ドラゴン桜」の阿部寛演じる桜木先生みたいな人がいればその違和感を解消してくれてもっと勉強にも力が入ったかと今更ながら思います。

 

きっかけは無意識に肌で感じていた違和感

 上記の高校時代の家庭環境、中流進学校の中途半端な教育、その後の自衛隊での違和感、不満、将来への不安、積み重なりいつの間にか45歳で仕事辞めてやろうと思い立って行ったのかもしれません。ただまだその時は45歳までに貯金だけで2000万円を貯めて辞めれると思っていた、投資も副収入も、節税も知らない、源泉徴収で搾取され放題の愚かで、世間知らずで無知な自衛官でした。

 

 

サラリーマンのお小遣いアップに最適~隙間時間を有効に使いましょう~

ネットはお金はお金にならないといいますが、所長はこの2年でこの2つのアンケートサイトだけで年間約25000円くらい、専業主婦の妻と合わせれば月4,5000円位て、年間約50000円の収入になっています。 姉妹サイト 底辺層、社畜根性からの脱却を図る為のマインドを変え、サラリーマンの収入アップを目指すblogはこちらから❗ 月4,5000円あれば、二人の保険なり、外食が一回か二回文になります。

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。